大判例

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大阪地方裁判所 昭和55年(ワ)1193号 判決

原告

株式会社佐藤工務店

右代表者

佐藤忠義

原告

山北政美

右両名訴訟代理人

西枝攻

被告

株式会社檜垣工務店

右代表者

檜垣先

右訴訟代理人

井野口有市

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

一次の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

1  請求原因2の事実。

2  同3のうち、仲介者の報酬は契約成立のとき半額、取引完了のとき残額を支払うとの報酬約定があつたとの事実。

3  同4のうち、目的土地の所有者が松岡であること、松岡にその売却意思がなかつたこと、福田、被告間で違約金を八〇〇万円とし、既払金の返還分を含めて二八〇〇万円を支払うとの合意ができたこと、その支払のための約束手形が授受されたが、満期に支払われなかつたこと、その書替手形として小野工務店振出の約束手形の授受がされたこと。

二右争いのない事実、〈証拠〉を総合すると、次のとおりの事実が認められる。

1  被告は、原告らの仲介により昭和五四年三月一二日福田住宅建設こと福田貞義との間で本件契約を締結して福田から本件土地を二億〇〇六四万四〇〇〇円で買受け、即日手付金として現金で一〇〇〇万円を支払い、かつ内金として金額一〇〇〇万円の約束手形を交付した(なお、被告は、別に右手形の割引料として六万八〇〇〇円を支払つており、右手形は満期に支払われた。)。本件契約では、福田は、同年七月一〇日までに開発許可の申請を受けて宅地に造成しこれを引渡すことになつており、また、売買当事者である福田、被告と仲介者である原告ら間で原告らに対する仲介報酬に関して「仲介者の報酬は契約成立時に半額、取引完了時に残額を支払うものとする。売主又は買主のいずれかが本契約解除又は不履行の場合、違約金を取得したる者より仲介手数料として一〇分の五を仲介者に支払うものとする。ただし成立の場合の規定の手数料を超えないものとする。」旨の約定(以下「本件報酬約定」という。)がされていた。

2  本件土地は、訴外松岡博の所有であり不動産登記簿上もそのように表示されていたが、本件契約ではすでに福田においてこれを買受けているか、自由に処分できることが前提とされていた。しかし、事実は、松岡は右の売却をしておらず、売却の意思もなかつた。ところが、原告らは松岡に当つてみるなどしてこの点の確認をすることもせず、被告もまた福田の言や原告らの仲介を信用して松岡側の確認をしないまま本件契約を締結したのであつた。

3  しかしながら、約定の期日が近づいても一向に工事が進行する気配がなく、また松岡には売却意思がないとの噂もきこえてきたので、被告が原告らを通じて福田にそのことを確めると、福田は、松岡が売却を承諾している旨の松岡ら作成名義の売却承諾書の写(甲第六号証、乙第二号証)を被告らに交付したが、当時被告において直接松岡にその意思を確めてみると、松岡からは、本件土地を売却したことはないし、売却意思もないとのことであり、また右の売却承諾書を作成したことはないとのことであつた。

4  そこで、被告は、もはや本件契約を解約する以外に方法がないとの決意をかため、その方向で原告らとともに福田と交渉し、昭和五四年七月一九日原告らの立会のもとに、福田は被告に、既払金の返還分として二〇〇〇万円、違約金として八〇〇万円の合計二八〇〇万円を昭和五四年八月二日に支払うとの合意が成立し、福田側から被告に合計金額を二八〇〇万円とし前同日を満期とする約束手形が交付された。

5  しかし、右の満期近くになつて、福田側から右手形書替の要望が出され、右手形は結局そのころいずれも振出人を小野工務店こと小野洋一、第一裏書人を被告とする金額一〇〇〇万円(満期・昭和五四年一〇月二五日)、金額八〇〇万円(満期・同日)、金額一〇〇〇万円(満期・同年一一月二五日)の約束手形三通に書替えられた。

6  しかしながら、右書替手形にしてもこれらが決済される見込みがなかつたところから、被告は、昭和五四年一〇月弁護士に依頼して福田を相手とする返還請求訴訟を提起した。なお、右訴訟では原告らもその相手とされていた。

7右訴訟提起後、右一〇〇〇万円と八〇〇万円の約束手形はいずれもその満期である昭和五四年一〇月二五日ごろにそれぞれ一旦小切手に書替えられたのちそのころ支払われたが、残つた一〇〇〇万円の約束手形は満期に支払われる見込みがなく、結局同年一一月福田と被告との間で、既払金の返還分は従前の約定どおり二〇〇〇万円とするが、違約金を五〇〇万円に減額することで示談が成立し、そのころ、すでに福田側から被告に支払われていた一八〇〇万円を控除した残額である七〇〇万円が福田から被告に支払われた。

以上のとおり認められ、原告会社代表者尋問の結果中右認定にそわない部分は、採用することができない。

三右認定の事実によると、原告らと被告間で本件報酬約定が成立していたというべきであり、右約定に関する契約書上の記載は例文にすぎないとの被告の主張はその根拠がない。

四一般に宅地建物取引業者の仲介報酬請求権は原則として売買契約成立の時点で発生すると解されているが、本件契約における本件報酬約定では、契約成立時に半額、取引完了時に残額が支払われるべき旨明定されているから、契約が成立していても取引が完了しない場合は、仲介者には残額の支払請求権がないものと解される。ところで、本件契約は、その形式上は他人の土地の売買とはされていないが、客観的には他人の土地を売買していたものである。そして、このような場合の仲介報酬請求権は、買主との関係では、売買契約成立時ではなく、それよりのち例えば売主から現実に履行がされた時点等に始めて発生するものと解するのが相当である。けだし、この場合売買契約が成立しているとはいつても、結局売主が目的物を取得してこれを買主に引渡すことができないときは、契約の目的の実現が当初から客観的に不能であつたことが確定するわけで、その意味では、買主にとつては叙上の履行等がされるまでは契約は成立していないに等しく、また買主は目的物件についてなんの権利、権原も取得しえないからである。したがつて、本件においては原告らは被告に対し本来の報酬請求権を取得しえないと解すべきであるが、なお本件では、違約金の授受が行われた場合にはその半額を「仲介手数料」として支払う旨の本件報酬約定がされているので、まず、右の「仲介手数料」の意義について考えるに、「仲介手数料」というのは、本来の「報酬」と異なるもののごとくではあるが、さりとてこれを受任者の費用償還請求権に対応するものとみる根拠はなく、同じく本件報酬約定のただし書で使われている「手数料」との文言と対比すると、右にいう「仲介手数料」というのもその実質は報酬にほかならないものと解される。そこで、他人の土地について売買が行われた場合における右約定にもとづく効果について考えてみるに、叙上のごとく他人の土地売買の場合は契約成立時ではなく、例えば現実の履行時に仲介報酬請求権が発生するにすぎないと解すべきであるのに、その履行ができなかつたため契約が解消のやむなきに至り、手付金倍返えし等の違約金が支払われれば、当然にその半額が報酬として仲介人に支払われるというのが合理的であるとは考えられない。すなわち、この場合、買主にとつては実質的には売買契約が成立していないに等しく、もとより目的物件についてはなんの権利も取得しておらず、むしろ通常は損害すら受けていると考えられ、そのうえ違約金の取得に要する手数、経費の出捐も負担しなければならないのに、そのようにして違約金を取得すれば当然に仲介人に報酬を支払わなければならないとの帰結は、むしろ不当というべきである。このことは、とくに売主が他人の土地を自己の土地または自己が処分権能を有するとして売却しようとしているのに、仲介人がこの点を看過して仲介したため、売買契約が成立し、その権利、権能の瑕疵のため右契約が解消のやむなきに至つた本件のような場合にあてはめると、その不当は明らかである。このようなところからすると、本件報酬約定は、他人の土地の売買が行われた場合であることを前提とすると、仲介人の仲介により買主の損害が回復され違約金が支払われた場合に限つてその効力を有するものと解するのが、当事者間の公平に合致し、契約の合理的解釈として相当である。

五本件についてみるに、なるほど、違約金を八〇〇万円とし、既払金の返還も含めて二八〇〇万円を支払う旨定めた際には原告らがこれに立会つたなどの事実は存するものの、右の約定どおりには履行がされず、結局被告は、弁護士に委任して福田、原告らを相手として訴訟を提起せざるをえなくなり、そののちようやく前記約定による金員の一部の支払を受け、最後には違約金を五〇〇万円と減額する譲歩を余儀なくされて、合計二五〇〇万円の支払を受けたのである。これらを通観するに、とくに被告が弁護士に委任して訴訟の提起に踏切つたのちに右の支払がされたこと、右の訴訟では原告らもその相手とされていたことなどを斟酌すると、被告の右損害回復が原告らの仲介の結果実現したものとみることはできないから、原告らの請求は、その余の点について判断を示すまでもなく、失当として排斥を免れない。

六よつて、原告らの請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(川口冨男)

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